レアモデル

サポーター垂涎の一枚!FC東京、1999年幻の縦縞サードモデル!

1999年FC東京サードモデル

1999年にJリーグに加盟したFC東京

前身である東京ガスサッカー部の創設が1935年なので、厳密には1935年が創設年となるのでしょうが、1999年がFC東京にとって大切な年であるのはチームエンブレムを見てもわかります。エンブレムの中に刻まれた≪ESTD 1999≫の文字。
ESTDはEstablishedの略で、日本語では“設立された”などと訳されます。

そんな1999年、当時J2だったFC東京が一つの快挙を成し遂げます。
それはJリーグヤマザキナビスコカップ(当時)の準決勝進出です!

準決勝の舞台は旧国立競技場。
初めての国立ホームゲームとなるこの試合を記念して作られたのがコチラのサードモデルでした。

胸のエンブレムの下には『HERE WE ARE!“KOKURITSU”6th Oct ’99』の文字が刺繍され、国立競技場で初のホームゲーム開催の喜びが伝わってきます。

ではなぜこのユニフォームが幻と呼ばれるのか?

当時のJリーグの規定では、そのシーズンに使用するユニフォームはシーズン開幕前までに予め登録をしておくルールだったため、急遽作られたこのサードモデルは試合で着用する事を許されませんでした。

そこでFC東京はこの試合の入場時のみ、このサードユニフォームを着用するという苦肉の策でファンにお披露目をし、実際の試合では通常のユニフォームを着用しました。

ちなみに鹿島アントラーズと対戦した準決勝ですが、当時はホーム&アウェイの2試合で勝敗を決する試合方式で、第1戦が0-2、続く第2戦が1-1の2試合合計1-3で敗れ、惜しくも決勝進出を逃しました。

そして、このサードモデルは販売枚数が非常に少なく、ソシオ限定の抽選販売で少量のみの販売でした。
その希少性も幻のモデルと呼ばれる所以なのかもしれません。

ヴィンス君
ヴィンス君
試合に着用されることはなかったものの、幻のサードモデルとして今も多くのサポーターが探し求める伝説のユニフォーム。
コレクター魂に火がつく1枚ですね!